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COLUMN食旅紀行

世界一の山葵の田んぼ には 神が宿る

 

お料理の構成を考えていた時 ふと 鰻にフォワグラ そして卵に山葵 そんな組み合わせが脳裏をよぎった。

しかし、少しインパクトに欠けていたから、ペリグー(マディラ酒・トリュフ・フォンドボーなどで作ったソース)をソースとして添えると、全体の素材同士が協調しあい、想像では素晴らしい料理になった。

それまで僕の創作するフレンチでは山葵が登場する場面はなく、あくまでも香り添えや、青臭みを抑える役割として使うのが精一杯であった。

あまりにも和の印象が強いうえに、熱に弱く更に 時間に耐えられないことが、僕の山葵を使えない 言い訳であった。

料理を作るプロとしての意識が未だに未熟であることを つくづく思いしらさされることになる訳だが、 知らないことを知ることは何にも変え難い喜びでもあるから、心は晴れやかなのである。



静岡県は南北東西、とても地形風土環境に富んだ県であり、地図上で県の境界線をぐるりと回ると『ゆらゆらした尾の金魚』に似ている。何が富んでいるかといえば、1つの県内に海岸線であれば『湾・灘・岬・リアス式海岸・半島・湖』内陸部であれば、『大地・平野・盆地・山脈・富士山・半島』と、挙げればきりがない位 豊かな地形なのである。



この特有の地形や風土環境が故に、水産・農産・畜産 いかなる物であれ 栽培・育苗・生産に困らないのである。少し大袈裟ではあるが、国内で生産されている食品の殆どがこの静岡県では作れるほどなのだ。 更に 特記出来るのは 水の存在である。 食材の如何なる物も水なくして生まれ育つことはないから、最も重要な存在であるのだ。 この水の水質もされど、その豊富さには ただ驚かされる。



さて、いよいよ本題の山葵についてだが、山葵のご飯は何であるか ご存知であろうか。 僕はてっきり 養分が入った砂利的な肥料をワサビ田に撒いたり、病気にならないように農薬を散布したり。 一般的な農業の様に育てていると想像していた。 しかし、実際に現地で生産者から説明を受けると、僕の無知さと 浅はかさと想像していたこと自体に 恥ずかしく 生産者の方には 申し訳なさで 途方に暮れた。 と言うのも、そもそも 肥料、農薬、など 何ひとつ 施すことは出来ないのだ。

理由は一目瞭然、絶えず流れる水の田んぼで育てているからだ。肥料や農薬など撒けたとしても、すぐさま水に流されてしまい、効果を発揮することは絶対にないのだ。 では、どうやって育てるのだろうか? それは牡蠣や帆立貝の栽培と似ており、周辺の山々を豊かに育てることなのだ。 土地が肥えるには、落葉樹を植林したり間伐したりして、木々の環境と整え、葉が落ち、やがて土へと還る。そして土の中にバクテリアなどの微生物を豊富に育てることなのだ。 そうした土地に雨が降り、その雨水が養分を蓄えて地下へ河川へと流れて水を豊かにするのだ。その豊かに肥えた水が絶えることなく流れ込む棚田がワサビ田 なのである。



話はだいぶ進んでしまったが、お伺いさせていただいた先は静岡県は中伊豆の山中 筏場という、国内最大の面積を誇るワサビ田でこのワサビ田では、ほぼ 眞妻という品種を栽培している。

他にも種類はある。《だるま・みどり・丹羽山・しまね・たかい・眞妻》特徴としては、青種と、赤種として分けられ、青種の特徴は粘り気が少なく、色が鮮やかであることで。赤種は、粘り気があり、甘みと辛味が強いところである。

従って、青種はお蕎麦や、お茶漬けなど水溶液(だし汁)に溶け込みやすい食べ物にむき。赤種はお刺身やお寿司といった 個体として食する食べ物にむく。



さて、話を戻すと、この山葵には強烈な弱点がある。 それは濁ったり、汚れたりしている水だ。

例えば、収穫時にワサビ田に入ると、当たり前だが、歩いた足元から水が濁る筈である。 この濁りが 山葵を病気にしたり、育成障害を引き起こしたりするというのだ。 イメージ通り 山葵は 清流に生息する とても綺麗な植物である。

しかし、どうやって収穫すれば、更に先にも書いたように棚田であるから、上層で収穫をすれば下層の棚田は濁りが入るということになってしまう。



お話をお聞きするにつれ、何気なくお寿司屋さんで、小料理屋さんで、山葵を口に運んでいたが、山葵の栽培にかけた時間は江戸時代まで遡り、幾多の地震や台風、豪雨雨に山葵を失い、何度も何度も 棚田を作り直し、

現在の豊かな山々を育てて、養分が豊富で絶えることにない水に育まれ今に山葵を伝え残し、育てていることを知り、自分の知らぬ 知識を恥じ入るしかなかった。



そんな、僕を ご主人は、知らなくて当然だといって、僕を慰めてくれた。慰められて、ようやく 気持ちも落ちついた頃、雨もやみかけてきて、 ワサビ田を見渡してみると、まるで ワサビ田を囲む山々の木々から 妖精でも 舞い降りてくるかのような風景に包まれていて、つい、小言で まるで妖精がいるみたいですね。と 呟いた。 すると、ご主人が 江戸からこれまで この景色が変わることはなかったから、いるかもしれないね。 と 僕の小言に 魅惑的な返事を返してくれた。



ワサビ田でのお話も 一息つき 大きく育った山葵を持って帰れ!という事になり、 嬉しいが 少し 申し訳なさそうに振る舞い、いやいや帰りがけに 山葵を買って帰りますから大丈夫です。お気遣いなく!などと、言ってみた。 しかし、名に言ってるんだ、折角来たのだから俺の作った山葵を持ってけ! という流れになった訳である。何となく、この展開になるように思えていたが、いざ、こうなると、少し恥ずかしく、照れくさい 気持ちになる。



さて、実際に収穫の風景を目の当たりにした。 圧巻であった。育てている山葵は全く汚れた水に侵される事はなかったのだ。なぜ、そうなるのかは、他言無用なので、説明することは出来ないが、 人間とは本当に賢い生き物である。そう実感した。 こうして、いただいた 山葵を手に 一路横浜へ戻り、早速 自宅で食べようと電話を入れたら、マグロなど海産物はないけど、アボカドなら今日買って来たよ。 と 家内にそう伝えられた。以心伝心。 よし! とばかりに ついて早々 山葵を擦りおろし、生醤油にアボカドをさっとくぐらせて、 その上に ふっくらとしたおろし山葵を乗せて 口へと運んでみた・・・・。



どんな味であるかは 僕のみ 知った 出来事であるから内緒にしておきたい。 言ってしまえば その味わいが もったいない気がするからだ。

ちなみに、この日のアボカド山葵は、我が愛娘と愛妻にそのほとんどを食べ尽くされたということも、

付け加えておく。



山葵を栽培するという事は、つまり、自然を豊かにすること。また、環境を整えること。そして、工夫を凝らすこと。

そして、今のご主人が作っている訳ではなく、江戸時代からの先代の諦めることない強い信念と、強靭な精神と、その人々が築いた歴史という、栄養分がなければ育つことが出来なかった 作物であるということだ。



あの 清涼感のある 香り。 甘い味わいを追うように脳裏を突き抜けんばかりの辛味。そして、日本を感じる 味わい。
それは まさに 日本の郷土と人の力によって生まれ 育てられた。 正真正銘の 国宝であった。