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COLUMN食旅紀行

奥中山高原はブルゴーニュ

 

久慈ファームさんのご紹介で知り合った岩手県二戸郡の三谷牧場のご主人が作り出したフロマージュブラン・モツァレラは大変美味しく、ヨーグルトは美味しすぎる出来栄えである。

東京は六本木のレストランで開かれた、岩手県特産フェアに、以前から国産の仔牛肉を仕入れさせていただいている久慈さんもご出店しており、会場内を様々な特産物を見入るように立ち回っていたら、突然僕の名を呼ぶ声がしたので振り返ると久慈さんが僕を呼んでいたのだ。

偶然の出会いで大声で挨拶を交わしてしまい会場内の方々に迷惑をかけた位だった。 その久慈さんが曰く、ここのヨーグルトは絶品なのですと進んで僕を紹介したから、否応無しに挨拶をする羽目になった。

大体からして、同様の産業フェアに出店している牧場で生産された乳製品で美味しいと思える代物には出会った試しがない。
僕にはその訳も心得ていたから、自信を持って美味しくはないと断言して高を括っていた。 まず始めに試食したのは何処の牧場にも必ずある裂ける系のチーズで、味のほどは良いがいっても良くある感じであったから、やはり相場は当たっていた。

続いて出されたのがモツァレラチーズで、これ又いわゆるヤツだ!口に運ぶとやっぱりね、そう思いながら味わっていると、おかしな感じになってきた。

美味しいのだ。

塩分は強めだが味わいが深く余韻が素晴らしく何ともソフトな食感と歯ざわり。これ本当に国産か?イタリアのチーズじゃないの? そんなあり得ない疑いを持つほどであった。

そもそも国産チーズの大半は売れる価格帯に合わせた生産工程を取った製造法により短時間で量産ができる方法を選ばれるのが常だ。いくら美味しい自家製チーズと雖も、丸一日かけてモツァレラを作る農家はそうはいない。

しかし、明らかに時間をかけて作られているモツァレラの食味であったから、意外なショック症状に陥ってしまい偽装説を妄想するに至ってしまった訳である。 頭の思考回路も少し落ち着き目の前にいる生産者へこれ本当に作ったのですか? そんな質問をしてしまった。

全く落ち着いてはいなかったようだ。こんな質問を投げかけられた生産者も、厄介な客に引っかかったな!そう思ったと思う。
だから、即答できず少しの間をおいてもう一度いいですか? と、やはり質問の意味がわからなかった様子で、今度は確りと質問を投げかけた。 このモツァレラはお宅の牧場で作ったチーズですか?
今度はそれなりに質問らしい質問ができたと思う。

すると、すぐさま(はい、独学で作りました)。と とても自信満々で、独学という、とっても心地いい お返し付きで返答が来たから、此奴やるな!そう実感した。

先程まで、へッと高を括ていた自分が恥ずかしげもなく、心を翻し期待へと早変わりである。 身のこなしは 自分でも驚くほど早かった。他にも作っている乳製品はあるのですか? そう切り出すと、(はい、フロマージュブランが!)フロマージュブラン? 岩手の山奥でフロマージュブラン? 今度ばかりは、思考回路も思考せず、コンピュータのようにフリーズした。

このモツァレラの作り手が想像したフロマージュブランはどのような仕上がりなのか、気になって仕方がなかった。
一般的に出回っている それは、日本人の嗜好に合わせていることが多く基本的にはヨーグルトの概念から切り離せずに生産されているのが通常だ。先程のように高を括ってかかる訳にはいかない。しかし、今度ばかりは そう簡単には作れないぞ、それも独学なんて更に難しい筈だから。

気になるその(気)が駄目な方と良い方との双方に揺れていた。 恐る恐る気を集中して口へ運ぶと、何と口の中から僕の脳神経を刺激し、ブルゴーニュの酪農家(フェルミエ)の風景を脳裏に浮かべたのだ。 驚いた!

これまで、フロマージュブランを探してきたが、まさかこのような場所で出会えるなんて想像もできなかった。

早速に農場を見学したいとお願いをして、翌週岩手県二戸郡の奥中山高原までいくことにした。 伺う日は丁度滝沢市(2013年に村から市になった村)のいわてS1スイーツフェアでクイックスイートという薩摩芋のデザートの製作依頼をお受けしていたので、依頼されたお菓子を早朝から仕上げ会場へ運びその足で奥中山高原の三谷牧場へ向かう段取りを組んだ。 会場までは三谷さんが車で迎えにきていただけたので、雪道をレンタカーで走るという関東人間にとってはハードルの高い試練を受けることなく車内で終始食の現状について熱い話を交わしながら牧場に着くことができた。

一面真っ白な、まるで片栗粉の上にいるような錯覚さえ覚えるほど、ぎゅっぎゅっとした靴音でこの雪を衣に鳥の唐揚げでも作れるのでは? などと口ずさむと、笑いながら無理ですよ〜と、あしらわれた。

また、牧草地を見上げこの野山で春から放牧するのです。 と説明されて目線を上げると晴天で日光が反射していて全く牧草地を視界に収めることができない程で、東北地方の冬は雪かきで労を強いられ、尚、目にも痛いことを改めて知った。三谷牧場は、まさにフェルミエであって、ジャージー種の牛を育てその牛乳から、ヨーグルト・モツァレラ・フロマージュブランを作り出していた。チーズ作りを始めてまだ10年のフェルミエだが、よくぞ独学でここまでやってきたものだ。試行錯誤を繰り返し、TVや専門誌 等々読みまくり試し尽くして、ある程度見様見真似で作っていると、問題点や疑問点を発見したそうで、その点を独自の感性で工夫を凝らしたと、不安気ながら胸を張って話してくれた。

例えばヨーグルトは、低温域で発酵を遅らせながら進めていくことで爽やかさとコクが共存しまた、舌触りがツルンとした食感に仕上げることができて、このイメージも三谷さんの脳裏で描いたそうだ。更にモツァレラなどはもっと凄い発見をしていた。

通常は3時間程で作ることができる方法もあるそうだが、丸一日かけて作っており、攪拌も独自で機会を改造してオリジナルの攪拌技術を確立していた程だから圧巻である。従って、ゴムのような硬さはなく、滑らかでいてモチモチしており、尚且つクリーミーで、フレッシュ感が物凄く表現されている。
フロマージュブランは域を超えた発想だった。丸三日間の時間をかけてゆっくりとジャージー種の持つ個性を表現していた。

3種類とも、風味や濁度や硬さ塩分など、料理をする方の好みに合わせて調整をしているそうで、伺った際にも2種類の味わいを試させていただいた。

よくここまで拘りましたね! との問いに、熱中性で考えていると気付いたら夜だった、とか、考えながら運転していると全く見当違いの場所へ向かっていたとか、研究熱心の方によくある症状を患っているようであった。

しかし三谷さんの脳裏で想像するイメージ力には恐れ入った。
なかなか頭のイメージを食品に移行できる作り手は存在しない。 それも素人がだ。 プロでも四苦八苦することを、同様以上の洞察力でやってのける。

こうして、三谷さんとの時間は終始、熱の入った話で加熱し予定していた列車の時刻を過ぎる勢いでイベント会場から牧場、そして時間に間に合うかどうかはわからない切羽詰まった車中でも繰り広げられ、一分前に切符を買って列車に飛び乗った。 銀河鉄道の車窓からの雪景色にブルゴーニュの思い出と共に素晴らしい生産者と出会うことができた夢心地が交錯していた。