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COLUMN食旅紀行

茶豆は飽くなき探求心が作り上げる職人芸

 

「だだちゃ豆」の産地へ視察に出掛けたことがある。出向いた先は、山形は庄内平野、鳥海山の裾野だ。

「だだちゃ豆」を一言で言えば、枝豆のことだが、「だだちゃ豆」と一口にいってもその種類は多い。小真木ダダチャ、庄内1号、甘露、早生白山、庄内3号、白山ダダチャ、庄内5号、晩生甘露、尾浦、平田ダダチャと、十系統もあり、これらの系統から様々に品種改良されるからだ。

 しかし、山形県鶴岡JAが、平成に入ってから「だだちゃ豆」の商標使用権を獲得して以降は、茶豆類や天狗豆等といった、だだちゃ豆以外の枝豆も、同じ「だだちゃ豆」として認識されるようになってしまった感じだ。一般消費者にとって、この違いを見分けるのは難しいのではないかと僕は思う。

 

では、実際に鶴岡JA管内で栽培されている「だだちゃ豆」はどの様な豆なのだろうか。系統は先に述べた十系統から成り、栽培適期に合わせて生産者が各々で栽培を進めている。しかし、同系統の同品種でも、実は味は異なるのだ。なぜ、この違いが出てくるのかについて、僕は今回の視察で明らかにすることが出来たのだ。

 

それまで、僕は都市伝説的な話を耳にしていた。

茶豆の種子は、喩え親子間であっても、種子の在り処はけっして明かさない。ある農家では、秘蔵していた在来種の種子を金庫に厳重に保管し上、鍵は本人が隠し持つという。その人物が他界したら、この世からその茶豆の在来種は消えてなくなり、その種は絶えてしまうと…。

 

こんな面白い伝説を僕は結構信じていたから、今回の視察はいつもとは違う意味で心躍らせ、楽しみにしていた。しかもこの視察を計画した人物が、移動中の車内で「畑に足を踏み入れると、茶豆の香りにすっかり包まれてしまうほどだ」と力説していたので、更に僕の胸が高鳴っていた。

 

* * *

 

いざ畑に着いてみると、昨晩降った雨の影響で畑は泥んこ状態だった。収穫日和ではなかったが、折角の視察という事もあり、現地の農家の方は快く僕らを畑に招き入れて茶豆の収穫をさせてくれた。

 

枝の豆と書く位だから、豆は枝に生っている。茶豆を引き抜くには、この枝をしっかり掴んで、勢い良く一気に引き抜かないと腰がやられてしまう。また、枝豆というのは鮮度落ちが早いから、収穫作業は迅速にというのが鉄則なのだ。しかし、一見簡単そうな収穫作業も、一気に引き抜くというは意外と難しい。僕が十抜き終わる頃には、プロは三十も抜いている。しかも、抜かれた枝は綺麗に十ごとに束にして揃えられ、きちんと盛り土の上に置かれているのだった。 そんな仕事振りを目にすれば、初めての作業とはいえ、それなりに気合を入れて作業をしていた僕も、すっかり意気消沈となってしまった。

 

しかし、畝三つ分の収穫作業が終わろうとする頃、僕は突然ハッとして大事なことに気が付いた。そういえば、茶豆の香りが畑に全くしていなかったのだ。移動中のあの力説は…一体どうなっているんだと、頭の中で呟く。まさか畑の主がいる前で「この畑は茶豆の匂いがしませんね」などとは口が裂けても言えないし、ましてや聞くことなんかもっての外だ。でもどうしたら、香りがしない事を聞き出そうかと思案し始めたら、ドキドキして僕はすっかり収穫どころではなくなってしまった。

 

どうしても聞き出さなくてはと、考えを巡らせて、ようやく妙案が浮かんだ。収穫したての豆をこの場で食べてから、香りについて話題に上げてみよう。その流れから、「生育の良い状況のときには本当に畑中に茶豆の香りが漂うのですか」とそんな感じで姑息に聞き出してみようと。それから、よし1分経ったら切り出そうと性急に事を決めて、きっかり1分後、僕はものの見事にその作戦を成功させたのだった。

 

香りの理由は。乾燥にあった。

答えを聞けばあっさりと納得するが、答えを聞くまでの僕は、畑や力説した人物に少々疑いの念を抱いていたのだ。この香りの話題が出たのを機にして、彼は収穫作業の手を止めて、茶豆の由来や栽培の秘訣などについて色々話してくれたので、僕にとっては願ったり叶ったりとなった。

 

茶豆は系統によってそれぞれに個性があり、その個性をより際立てるために、適期栽培をしているということだった。そして個性を引き出すには適地栽培の必要があるとのこと。僕が殊更驚いたのは、個性豊かで美味しい茶豆を育てるには、系統・適期・適地を見極めるのはもちろんだが、さらにプロデューサーの力量が重要だというのだ。適地までは納得だが、プロデューサーというのが僕には今一つピンとこなかった。

 

彼は以下のように説明してくれた。

豆を育てるには、その年の気候や適期、適地について勘案すればよいのだが、良い品種を育てるには、プロデューサーの力量が問われる。良い品種を育てるには、様々な段階を経るが、最初に収穫作業をする中で、これはと目を付けた豆を生の状態で試食する。豆が納得するものであったら、その豆と同じ系統の良い個性が出ている豆をさらに見分ける。その後、見つけた豆の株を畑から引き抜き、別の農地へ移植して育種する。この一連の作業こそがプロデューサーの仕事だ。力量が問われるのは、豆の個性を見抜く感性と、育てる土地の選定と、頃合いを見分ける感性が必要不可欠だからだ、とのことだった。

 

だだちゃ豆には、豆作りに賭ける、作り手たちの職人魂が込められていた。このようにして育種された豆が、翌年に豆の数を増やす作業を経て、翌々年の春から夏にかけて、美味いだだちゃ豆として世に巣立って行くのだ。ゆえに、だだちゃ豆は、年々その品質を向上させていることになる。

 

だだちゃ豆に賭ける、執念にも似た生産者の思い入れについて、食べる側は、知っているのだろうか。知らなくとも構わないが、知っていて食べるのと、知らずに食べるのでは、味わいの深さが変わってくる筈だ。何故なら、だだちゃ豆は、一年たりとも同じ味を食べる事がけっして出来ない、一期一会の豆なのだから。

 

だだちゃ豆への理解が深まると、一杯のビールはより美味しくなるはずだ。