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COLUMN食旅紀行

月ヶ瀬のお茶園で椎茸が美味しい

 

奈良県月ヶ瀬に無農薬で茶を育てている茶園があると耳にした。

僕は、毎年恒例の繁忙極めるゴールデンウィークを乗り切った頃に、現地視察に行く約束をした。この茶園視察に加えて、国内で唯一天然鮎だけを競売するという、岐阜市内にある市場視察も今回の旅程に入れた。

奈良のお茶と言えば、「大和茶」、「月ヶ瀬茶」としてその名が通っているが、弘法大師が唐から帰朝した折に持ち帰った種子が大和の地で育てられたのが事の起こりだと伝わる。奈良の三大梅林があることでも有名な月ヶ瀬は大和高原の中にあり、月ヶ瀬の脇を南東に下る名張川は、京の都へと繋がっている。月ヶ瀬の茶は、その昔この川を利用して運搬され、当地では宇治茶と肩を並べるほどに茶作りが盛んだった。

 

…と、月ヶ瀬が、お茶の有名産地であることは分かってはいたが、実際に現地に足を運ぶと、想像や知識とは異なる事実を発見する。これこそが、旅の醍醐味なのだから、やっぱり旅はやめられない。

 

ということで、横浜から車を転がして月ヶ瀬へと出掛けたら、案の定そこは一筋縄ではいかない所だった。はじめは緩やかな上りの村道だったが、進めば進むほど道幅は狭くなり、気が付いた時にはかなり厳しい状況に陥っていた。一つ一つ道を曲がる度に、7、8回はハンドルを切り返さなければ曲がるに曲がれない有様で、そうした小道が、車のいく先々と阻み続けるのだ。まるで何か見えないものにでも僕が試されているようだ…。ようやく幾つかの難所を突破した。眼下には茶園が広がり、その先に目指す母屋を認めたが、そこへとつながる道は、より一層厄介だったのだ。下りの急勾配に加え、道は鋭角に折れ曲がっている。角を曲がる度に、後輪からはキュルキュルっと黒煙が上がった。

 

そんな面倒な道をようやく抜けて、無事に目的地の茶園へ辿り着いた。

数人の方が心配そうな面持ちで近づいてきて「横浜の…方?」と小声で尋ねてきた。「すみません。ようやくたどり着きました」と、僕らが無事到着したことに改めてホッとしながら返事をすると、「よくこの道からお出でになりましたね」と不可解な答えが戻ってきた。キョトンと目を瞬いていると、母屋の裏には何と車が悠々通れると思わしき立派な道路が見えた…のだった。

 

それはさておいて、茶園の主の車の後をついて、その立派な車道を進むと、僕が苦労して通ってきた道はどこ吹く風とばかりにあっという間に通り過ぎ、車中の面々は急に黙りこんで静かになった。こうしたことも僕の旅にはよくあることだ…。

 

二十分程走ると、車は幾度も枝道を折れ始めた。細い道を幾度も曲がり始めると、そこはもう目的地にかなり近づいたというサインだ。これまで何度も生産地に出掛けているから、そういったことには僕は鼻が利く。案の定、車は間もなく茶園を一望できる絶好の場所へと到着した。小高い山の頂きにあるその場所から望む茶園は、大和の雄大な自然美によく調和して素晴らしい景色だった。その眺めから生じる雰囲気は、フランスブルゴーニュ地方、ワインの産地として知られるコートドール(黄金の丘)よく似ている。

 

この茶園の土はふかふかとして実に柔らかだ。お茶は完全無農薬、無施肥で栽培されている。興味深いのは、茶の品種によって土壌を違えていることだ。それはまさにブルゴーニュの葡萄栽培と似ていて、テロワール(土地特有の生育環境力)を活かした栽培方法。石ころが多い特質の土壌では、その土の個性がそのまま表現された茶葉となるから、全くもって、ワイン栽培と同じだ。

 

その上、土壌改良には、麩や枯葉、朽ちた木々などを用いて、自然の力を十分に活用していた。僕が驚いたのは、この茶園では茶以外にも椎茸を栽培していて、不要となった老木を土に還していることだった。老木を数年かけて土に戻し、土壌改良に役立たせているのだ。土だけでも、気の遠くなるような手間と時間を惜しみなく茶に与えていた。

 

土ばかりではもちろんない。一般的に、茶木は蒲鉾型に仕立てて、専用の機械で茶葉を摘み採るが、ここでは、茶木に余計なストレスを与えぬように育てるため、茶葉は一枚一枚手摘みして収穫する。口で言うと簡単だが、実際にこの広大な茶園から茶葉を収穫し、茶として出荷するまでには、かなりの覚悟と多くの人手がなければ出来ない。日頃何気なく口にしている茶の中にも、豊かな愛情と精魂が込められている茶があること、そして、生産者らの計り知れない力と偉業を、僕は自身の目で確かめ、聞いたのだった。

 

余談だが、「緑茶」とは不発酵茶のことで、日本茶全般を言う。「緑茶」と「紅茶」の茶葉は同種だが、「緑茶」を完全発酵させれば「紅茶」となる。そして酸化半発酵させれば、「烏龍茶」となる。また日本茶には、「煎茶」、「かぶせ茶」、「玉露」、「番茶」などがあるが、もちろん茶木自体は同じだが、その栽培方法の違いによって分類されている。例えば「煎茶」は新芽が出てから収穫されるまで日光を浴びせ続けるが、「玉露」は新芽が出た後、ある一定期間をおいて日光を遮って育てる。日光を遮断すれば、渋みが和らぎ旨味が増える。どちらが良いかについては、好みの問題でそれぞれに個性ある味わいがある。

 

 

話がそれたが、今回の本題。

それは、商品として作っているわけでもない、この茶園の土壌改良のために栽培されている「椎茸」。この椎茸が、どの産地の栽培椎茸よりも圧倒的に旨いのだ。茶園の椎茸が美味しいというのは、本当に大口開けて笑いたいくらい面白い。この茶園の人たちの手にかかると、お茶とは全く関係のない作物でも、途轍もなく旨いものに育ってしまうのだ。

 

この椎茸と出合って以後、僕はここ月ヶ瀬の「冬菇椎茸」を取り寄せて、年始に必ず使っている。これが今回の食旅の本題、「月ヶ瀬のお茶園の椎茸」の話だ。