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COLUMN食旅紀行

広島県安芸市 瀬戸内海 島の塩

 

新大阪駅で降り立った。夏の真っ盛り季節の中、僕は塩探しの旅に出たのだ。レンタカーを借りて目指したのは、広島県上蒲刈島(かみかまがりじま)だった。

 

一気に目的地に向かわずに、この旅では塩以外の食材目当てに点々と立ち寄った。僕は大阪から山陽方向に進路を取らないで、海を渡って四国に入った。最初は、以前僕が世話になった山口さんが暮らす淡路島由良に、次いで徳島県上板町の岡田製糖所に立ち寄った。岡田製糖所は、今でも丁寧に伝統製法を守り抜いて「阿波和三盆糖」を作り続けている真っ当な製糖所だ。それから僕は香川の讃岐うどんで腹を満たしてから、宿のある愛媛県八幡浜港へと車を一気に走らせた。

 

今回の旅の嬉しい出逢いの最初は「鰹のタタキ」だった。振る舞ってくれたのは、僕にいつも鮮魚を送ってくれる人物。

僕はこの旅で、初めて四国と関東の鰹のタタキの食べ方が異なることを知った。四国で揚がる「はしりの鰹」は脂が少ない。だから酸味を足したポン酢やスダチ酢がよく合う。鰹が隠れる位にたっぷりと青葱、紫蘇、茗荷、玉葱をのせて、ポン酢や酢橘酢を漬かる程に器にたっぷりと注ぎ入れる。

僕の馴染んできた一方の関東の鰹は、四国の鰹と異なり、北上とともに脂がのる。さっぱりとした味付けでは、鰹の脂に負けてしまうから、葱や穂紫蘇、玉ねぎなどをあしらって、ニンニク醤油や生姜醤油でいただくのだ。

説明されればすんなり納得することでも、やはり他の土地の食べ方に、初めて出会うと戸惑うことがある。

 

翌日は早朝から、カーナビに頼りに八幡浜港から一旦今治へと向かった。当初の予定では、昼頃に上蒲刈島に、そこから広島の妻の実家に立ち寄る心積りでいた。

ところが、いざ今治に着いてみると、上蒲刈島へと繋がっているとカーナビで確認していた道は、実際には航路だったのだ。このまま車を走らせば、今治から本州四国連絡橋を通って、尾道、呉へと大きく迂回しなければならない。そこで僕は目の前のフェリーへと乗り込んだ。しかしフェリーは実に長閑に瀬戸内海を進んで、結局上蒲刈島に到着したのは、夕刻の5時をすっかり回った頃だった。

到着した塩屋さんは、すでに一日の仕事が終わっていたのにも関わらず、高橋さんは店に居残って待っていてくれていた。彼はそんな間抜けな僕に、快く塩作りの歴史から現在の製法まで、実に丁寧に教えてくれただけでなく、快く自宅にまで泊めてくれたのだった。

 

全く無計画な旅と成り果ててしまったが、四国を色々と巡って分かったのは、四国という地は本当に豊かだということだった。 山のもの、川のもの、里のもの、海のもの、何もかもが素晴らしく美味しいのだ。空気も心地よく、そして何よりも人が素晴らしい。お遍路さんを「お接待」する文化が根付いているせいなのか…。このように思うのは、きっと僕だけではないはずだ。

 

話は、瀬戸内海の小豆島に移るが、瀬戸内海に浮かぶこの島では、戦国時代から塩作りが盛んになったという。その塩を活用して、素麺やうどん、醤油や佃煮が作られるようになったという。海に囲まれた日本列島では、全国津々浦々で特徴ある海塩が生産されている。改めて思えば、本当に豊かな島国だと思う。確かに輸入産物に頼る面もあるが、塩一つとっても食の資源は実に多彩で豊富だ。食材を探しに幾度も旅に出たが、旅する毎につくづくと感じる。

 

ところで塩の話だが。僕が愛用している塩は、ちょっと風味の効いた独特の塩だ。その塩は、海水を煮詰めている途中で、海藻のホンダワラを別に煮詰めて出来た成分を加えている。薄茶色に染まったこの塩は、魚とはもちろんのだが、肉との相性も良い。野菜に限っては合わないのが残念だが、しかし味わいはとても柔らかで気に入っている。

 

時折、料理で塩を振る際に、ふとこの旅のことを僕は思い出す。今治から乗り込んだ、あのゆったりと海面を進むフェリーの上で見た、どこまでも高く澄み渡った瀬戸内海上の空や、その時に吹いていた心地良い海風のこと。

 

眩しく照り返していたあの青い海から作られたのだと、改めて感じて、料理に塩をあてることもある。そんな時はいつもきまって、塩屋の高橋さんの温かい持てなしが目に浮かび、緩やかに流れていた時の流れを感じる。